選手たちを支えているつもりが、私自身も喜びをもらっていた

ある高校サッカーチームのリーグ最終戦を見に行った。

3年生にとっては、最後の試合だった。

前半は、なかなか流れをつかめなかった。

相手に先に点を取られ、さらにもう1点。
前半を終えた時点で、2点のビハインドだった。

見ているこちらとしては、少し重たい気持ちになった。

このチームは少し前の大切な大会で、早い段階で敗退していた。
私の知る限り、これまであまりなかったことだった。

「このまま残念な気持ちで最後を迎えてしまうのかな」

そんな思いも、正直あった。

後半に入っても、すぐに簡単な展開になったわけではない。

それでも、選手たちはあきらめず積極的にゴールに向かっていた。
ベンチの空気も、全く諦めていなかった。

そして、交代で入った選手が思い切ってロングシュートを打った。

そのシュートが見事にゴールネットを揺らした。

そこから、一気に空気が変わった。

「まだいける」

そんな雰囲気が、ピッチにもベンチにも広がっていくのを感じた。

その後、短い時間に得点を重ねて同点。
勢いは止まらず、ついに逆転。
さらに追加点を加えた。

最後の試合で、前半2点ビハインドからひっくり返した。

終了間際には相手にも1点を返されたが、それでも最後は守り切った。

私が見てきた中では、このチームがこういう形で逆転して勝ち切ったのは初めてだった。

もちろん、勝因を簡単に語ることはできない。
サッカーはそんなに単純ではない。

ただ、この試合には、私が大切にしているリバウンドメンタリティーの本質が表れていたように感じた。

気持ちが崩れた後に、そのことに気づけるか。
そこから、自分たちのプレーに戻れるか。

この試合で見えたのは、まさにそこだった。

2点を追う苦しい展開でも、選手たちは崩れなかった。
一つのゴールで空気を取り戻し、そこからもう一度前に出ていった。

特に心に残ったのは、キャプテンだった。

前の試合では、シュートを打てる場面でパスを選び、少し悔しさが残っていた。

今回、試合前に「今日はどう?」と声をかけると、

「今日は積極的にシュートを打ってきます」

と話してくれた。

その言葉を聞いた時、私は、

「ああ、今日はいいプレーが出そうだな」

と感じた。

意識が、結果だけに向いていなかったからだ。

大事な試合になると、どうしても意識は結果に向きやすい。

勝たなければ。
点を取らなければ。
ミスしてはいけない。

でも、結果は完全にはコントロールできない。

そこに意識が行きすぎると、心の状態は少し窮屈になる。
視野が狭くなったり、判断が少し遅れたり、いつものプレーが出にくくなったりする。

逆に、

「今日は積極的にシュートを打つ」

という言葉は、自分が選べるプレーに意識が戻っている言葉だった。

私はキャプテンに、

「今日はいいプレーができそうだね。チームがフローに入るといいね」

というような話をした。

そしてその言葉の通り、キャプテンは自分でシュートを打ち、チームの4点目を決めた。

得点そのものも素晴らしかった。

でも、それ以上に私がうれしかったのは、前回の悔しさを、次の試合での選択に変えたことだった。

「あの時、打てばよかった」

で終わらせずに、

「今日は打つ」

と決めて、実際に打った。

これは、ただのゴールではなかったように思う。

自分の中に残っていた悔しさに気づき、もう一度、自分のプレーに戻り、次の場面で選び直した。

私には、そんな一つの成長の証拠に見えた。

もう一人、印象に残った選手がいる。

ゴールキーパーである。

私は彼を中学生の頃から見てきた。

大きな試合になると、少し硬くなってしまうこともあった。
本来の力を出し切れないように見える時もあった。

でも、この最後の試合では違って見えた。

「自分がこのチームを勝たせる」
「絶対に守り切る」

そんな気迫のようなものが、プレーから伝わってきた。

もちろん、本人の内側を勝手に決めつけることはできない。

ただ、何本もピンチを救う姿を見ていて、私は胸が熱くなった。

最後の最後に、自分の役割に戻り、ゴールを守り切ろうとしている。

その姿もまた、このチームのリバウンドだったように感じた。

試合後、3年生全員が一言ずつ感謝を伝えていた。

中高の6年間、一緒にサッカーを続けてきた選手たちである。

うまくいったことばかりではなかったと思う。
悔しいことも、思うようにいかなかったことも、たくさんあったはずだ。

それでも最後に、一人ひとりが言葉を伝えている姿を見て、胸が温かくなった。

少ない人数の3年生だったが、最後は完全燃焼したように見えた。

監督も、「本当はこのメンバーでもっとやりたかった」という思いと、今日の試合が嬉しかったという気持ちを率直に伝えていた。

選手。
ベンチ。
応援。
保護者。
監督。

みんながどこか満足そうに見えた。

最後は応援に駆け付けた部員、保護者、スタッフも含め記念写真を撮った。

その光景を見ながら、私はふと思った。

「こっちが感謝ですわ」

と。

私はメンタルコーチとして、選手たちを支えているつもりでいる。

もちろん、少しでも役に立てたらうれしい。
その思いはある。

でも最近、自分の中に、

「役に立たなければ価値がない」

という思い込みがあることにも気づいていた。

だからこそ、つい何かをしなければと思う。
成果を出さなければと思う。
関わる意味を証明しなければと思う。

なかなか忙しい心である。(笑)

でも、この日の帰り道に感じたのは、少し違うものだった。

役に立ったかどうかだけではない。

前半2点を追う苦しい時間。
後半、ロングシュートで空気が変わった瞬間。
キャプテンが自分で選び、シュートを打ち切った場面。
ゴールキーパーが何度もピンチを救った場面。
最後に選手たちが感謝を伝えていた時間。

その一つひとつに立ち会えたこと。

それ自体が、私にとって大きな喜びだった。

この関わりを続けたいのは、きっとこういう瞬間があるからなのだと思う。

崩れたチームが、もう一度戻っていく。
悔しさを抱えた選手が、次の選択を変えていく。
大きな試合で硬くなっていた選手が、最後に自分の役割を果たそうとする。
最後に、感謝の言葉を自分たちの口で伝えていく。

その場に立ち会わせてもらえること。

選手たちのために関わっているつもりが、私自身も、この時間に喜びをもらっていた。

帰り道、そんなことを感じながら、温かい気持ちで会場を後にした。

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