正直、最初は偶然だと思いました。
ある暑い日のことです。
私は高校の試合でレフリーをした後、そのまま中学の試合にも関わっていました。
暑さもあって、私自身も少し疲れていました。
高校の試合中、ある選手にふと声をかけました。
「どうやったら点が取れる?」
深く考えて準備した言葉ではありません。
「もっと走れ」でも、
「ちゃんと決めろ」でもなく、
なぜかその問いが口から出ました。
すると、その後、その選手が実際にゴールを決めました。
もちろん、私の問いで点が入ったなどと言うつもりはありません。
点を取ったのは、あくまで選手自身の力です。
でも、その場面が妙に心に残りました。
「今の問いが、ほんの少しだけ選手の意識を変えたのだろうか」
そんなことを、試合後も少し考えていました。
また同じ問いが出てきた
その後、中学の試合にも関わりました。
暑さの中で、選手たちの集中力が少し落ちてきているように見えました。
試合も終盤。
残り時間はあと5分ほど。
その時、また同じ問いが自然に出てきました。
「どうやったら点が取れる?」
すると、その後、問いを受けた選手たちが実際にゴールを決めました。
同じ日に、高校でも中学でも、同じ問いの後にゴールが生まれた。
たぶん、偶然です。
そう言ってしまえば、それまでです。
でも、私の中ではその出来事が少し引っかかりました。
「問い」というものには、選手の意識の向きを変える力があるのかもしれない。
そんな感覚が残ったのです。
指示ではなく、問いを渡す
選手がうまくいっていない時、大人はつい指示を出したくなります。
「もっと走れ」
「集中しろ」
「早く判断しろ」
もちろん、必要な指示もあります。
でも、指示が増えすぎると、選手の意識は外側に向きやすくなります。
怒られないように。
ミスしないように。
期待に応えられるように。
これは、他人軸に寄った状態なのかもしれません。
一方で、
「どうやったら点が取れる?」
という問いは、選手の意識を少し内側に戻します。
自分は何を見ればいいか。
どこに動けばいいか。
誰と関わればいいか。
今、自分にできることは何か。
答えを教えるのではなく、考える余白を渡す。
この余白の中で、選手は少しだけ自分軸に戻るのかもしれません。
成長とは、捉え方が変わること
最近、成人発達理論に触れて、私の中で大きな気づきがありました。
成長とは、スキルアップだけではない。
物事の捉え方が変わることも成長である。
選手も同じです。
「ミスしたらどうしよう」から、
「どうすれば次に関われるか」へ。
「怒られたらどうしよう」から、
「自分は何を選ぶか」へ。
この意識の向きが変わることも、成長なのだと思います。
そして、そのきっかけは、大人の長い説明ではなく、短い問いであることもある。
今日の出来事は、そんなことを私に教えてくれました。
リバウンドメンタリティーは、捉え方を育てる力
リバウンドメンタリティーとは、崩れない力ではありません。
崩れても戻る力です。
そして戻るとは、気合いで元に戻すことだけではない。
出来事の捉え方を変えること。
意識の向きを変えること。
次の一歩に戻ること。
そのために、問いはとても大切な入口になるのかもしれません。
問いが選手を変えるのではありません。
動き出すのは、あくまで選手自身です。
でも、問いがその選手の中にある力を呼び起こすことはある。
今日の試合を振り返りながら、私はそんなことを感じています。
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