YouTubeで、スポーツライターの木崎伸也さんが森保監督や日本代表について語っている対談を視聴しました。
その中で印象に残ったのは、森保監督を「細かく戦術を指示する戦術家」というより、集団を動かすマネジメント型の監督として捉えていた点です。
もちろん、私は日本代表の内部事情を知っているわけではありません。ここでは代表論を断定的に語るのではなく、メンタルコーチの視点から、育成年代や大学年代の指導にどう翻訳できるかを考えてみたいと思います。
特に印象的だったのは、選手に「どうしたい?」と問いかける関わり方です。
選手が動き出すチームには、指導者の答えだけではなく、選手に渡される問いがあります。
育成年代の現場で、よく聞く悩みがあります。
「選手が自分で考えない」
「声が出ない」
「言われないと動かない」
「もっと主体的になってほしい」
指導者なら、一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
私自身も現場で見ていて、そう感じる場面はあります。つい「もっと声を出そう」「自分たちで考えよう」と言いたくなります。
ただ、ここで少し立ち止まりたいのです。
選手が考えないのではなく、もしかすると、指導者が先に答えを出しすぎていることもあるのではないか。
声を出す前に、何を言えばよいか決まっている。
判断する前に、ベンチから答えが飛んでくる。
失敗から学ぶ前に、すぐ修正される。
迷う時間がないまま、次の指示が来る。
こうなると、選手は自分で考えるより、正解を探すようになります。
その時に大切になるのが「問い」です。
たとえば、
「今、どう見えている?」
「この場面で、チームとしてどうしたい?」
「失点後に、まず何をそろえる?」
「練習の入りを良くするために、自分たちで何ができる?」
「声を出すとしたら、どんな場面でどんな声が必要?」
こうした問いは、選手に考える余白を渡します。
もちろん、問いを渡せばすぐに答えが返ってくるわけではありません。最初は沈黙することもあります。指導者としては、少し焦ります。私も内心で「誰かしゃべってくれ」と祈ることがあります。
でも、その沈黙の中で、選手は自分の言葉を探しています。
ここで指導者がすぐに答えを言ってしまうと、選手はまた「待てば答えが来る」と学習します。
だから、少し待つ。
問いは、選手に考える責任を渡す行為です。
ただし、問いを渡すには条件があります。
それは、安心して話せる空気です。
何か言ったら否定される。
間違えたら笑われる。
本音を言うと評価が下がる。
挑戦したら怒られる。
こういう空気では、選手は本音を出しません。出すとしても、指導者が喜びそうな答えを探します。
だから、問いの前には安心が必要です。
「正解を言わなくていい」
「今見えていることを出してみよう」
「違う意見があっていい」
「まずは言葉にしてみよう」
こうした空気があるから、選手は自分の考えを出せます。
一方で、安心だけではチームは伸びません。
何でもありになると、馴れ合いになります。だから基準も必要です。
声を出すなら、何のために出すのか。
練習の入りで、何を大切にするのか。
ミスの後に、どんな行動で戻るのか。
仲間への要求を、どんな言葉で伝えるのか。
問いを渡す。
安心して話せる空気をつくる。
そして、チームとして大切にしたい基準を言語化する。
この3つがそろうと、選手は少しずつ動き出します。
指導者が全部を握らなくても、選手たちが自分たちで考え始める。
それが、これからのチームづくりの一つの方向なのだと思います。
最後に問いを置いておきます。
最近、自分が選手より先に答えを言ってしまった場面はありますか。
そして明日の練習で、一つだけ選手に渡せる問いがあるとしたら、どんな問いでしょうか。
追記
今回の記事で触れた「選手が自分で考え、崩れても戻れる力」については、電子書籍『崩れても戻れる力』にもまとめています。
ありがたいことに、この電子書籍は筑波大学 体育スポーツ局でも紹介していただきました。
勝った負けたで終わらず、選手が自分の心の状態に気づき、仲間と支え合いながら成長していく。
そんなチーム文化を考える一つの材料になれば嬉しく思います。
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