森保監督に関する対談を聞いていて、もう一つ印象に残ったのは、監督がすべてを細かく握るのではなく、コーチ陣や選手の力を引き出しているように語られていた点です。
戦術構築や現場指導はコーチ陣に任せ、監督自身は全体を俯瞰する。
この話を育成年代の現場に置き換えると、とても大切な問いが出てきます。
指導者は、何を任せ、何を握るのか。
任せることは、放任することではありません。
指導者は、どうしても多くのものを抱えます。
練習メニュー。
試合の戦い方。
メンバー選考。
選手の状態。
保護者対応。
スタッフとの連携。
チームの雰囲気。
気づけば、頭の中が常にチームのことでいっぱいになります。
そして責任感の強い指導者ほど、こう思います。
「自分がもっと見なければ」
「自分がもっと伝えなければ」
「自分がもっと動かなければ」
もちろん、その責任感は大切です。
ただ、指導者がすべてを抱え込むと、チームの中にある知性が育ちにくくなることがあります。
スタッフが考える余白がなくなる。
選手が判断する機会が減る。
キャプテンが自分の言葉を持てない。
チーム全体が、指導者の指示を待つようになる。
これでは、試合中に自分たちで流れを変える力は育ちにくい。
では、任せるとは何でしょうか。
それは、責任を放棄することではありません。
スタッフに任せる。
選手に任せる。
キャプテンに任せる。
グループで話し合わせる。
これは「あとはよろしく」と丸投げすることではありません。
任せるとは、考える余白を渡すことです。
たとえば選手に、
「この練習の入りを良くするために、何をそろえる?」
「失点後に、まず誰がどんな声を出す?」
「今のチームに足りない基準は何だと思う?」
「次の試合に向けて、自分たちで変えられることは何?」
と問いかける。
そして、選手が出した考えを一度受け取る。
もちろん、全部をそのまま採用する必要はありません。そこは指導者の判断があります。
でも、考えるプロセスを選手に返すことで、選手は当事者になります。
自分たちで決めたことには、責任が生まれます。
自分たちで言葉にした基準には、守ろうとする力が生まれます。
ただし、任せることには注意も必要です。
任せることと、放任することは違います。
選手の自主性を尊重する。
でも、人を傷つける言動は見逃さない。
選手同士で話し合わせる。
でも、誰かが孤立する空気は放置しない。
キャプテンに任せる。
でも、キャプテン一人に背負わせない。
チームで決めさせる。
でも、基準が下がる方向には流されない。
ここは指導者が握るべきところです。
自由に意見を言える安心は必要です。
しかし、何でも許されるわけではありません。
安心があるから、選手は意見を言える。
基準があるから、馴れ合いにならない。
この両方が大切です。
育成年代の現場では、ボトムアップという言葉が使われることがあります。
ただ、ボトムアップは放任ではありません。
選手に考えさせる。
でも、チームの方向性は見失わない。
選手の声を聴く。
でも、守るべき基準は曖昧にしない。
このバランスは簡単ではありません。
私自身も、現場でいつも考えさせられます。任せたつもりが丸投げになっていないか。握っているつもりが握りすぎていないか。
なかなか難しい。
指導者の仕事は、やはり簡単ではありません。だからこそ面白いのですが、時々コーヒーが多めに必要になります。
これからの指導者に求められるのは、選手を動かす力だけではないのだと思います。
選手とスタッフの力が立ち上がる場をつくる力。
そのために、何を任せるのか。
何を握るのか。
ここを丁寧に整理する必要があります。
最後に問いを置いておきます。
あなたが今、握りすぎているものは何でしょうか。
そして、選手に任せてもよいことと、指導者が握るべきことは何でしょうか。
追記
選手が自分で考え、言葉にし、もう一度前を向く力については、電子書籍『崩れても戻れる力』にもまとめています。
ありがたいことに、この電子書籍は筑波大学 体育スポーツ局でも紹介していただきました。
メンタルコーチ 西田明氏 著書『崩れても戻れる力』- NEWS | 筑波大学体育スポーツ局
問いを持つことは、選手が自分の成長に向き合う第一歩なのだと思います。
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