“聞ける子”と“聞けない子”の違いはどこにあるのか

今日の保護者セミナーが終わったあと、
何人かのお母さんが話しかけてくれた。

その中で、印象に残った一言がある。

「娘の話は聞けるんですけど、
息子の話は聞けないんですよね」

とても正直な言葉だった。


少し前には、別のお母さんが

「安心できる家庭は作れていると思います」

と話してくれていた。

同じ場で、
“できている”という言葉と
“できていない”という言葉が出てきた。


どちらが正しいとか、
どちらが良いとかではなくて

こういう言葉が自然に出てくること自体が、
とてもいい状態だと感じた。


「聞ける子」と「聞けない子」

この違いは何だろう。

性格の違いなのか
相性なのか
これまでの関係性なのか

答えは一つではないと思う。


ただ一つ言えるのは

「聞ける」というのは
技術ではなく“状態”に近い、ということ。


余裕があるときは聞けるし
余裕がないときは聞けない。

相手を受け止められるときもあれば
どうしても受け止められないときもある。


だから

「ちゃんと聞かなきゃ」と思うよりも

「今日はどんな状態かな」と
自分の状態に少し目を向けるだけで

関わり方は少し変わるのかもしれない。


今日のセミナーでは

“安心が増えると、力が出る”
という話をした。

それは子どもだけでなく、
大人も同じだと思う。


聞ける日もあれば
聞けない日もある。

その中で

「聞けない自分」にも少しだけ余白を持てたとき

また少し違った関わりが生まれるのかもしれない。


今日は、そんなことを感じた一日だった。

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