今朝、散歩しながら自分の人生を振り返っていて、
ふと、カール・グスタフ・ユング の言葉を思い出しました。
「人生前半には人生前半の課題があり、
人生後半には人生後半の課題がある」
そんな考え方です。
もちろん、私は心理学者ではありません。
どちらかというと、
朝散歩しながら、
「ああ、今日は腰が軽いな」
とか、
「昨日ビール飲みすぎたな」
とか考えている、普通の60歳です。
ただ、このユングの考え方は、
年齢を重ねるほど、少しずつ実感が増してくる気がしています。
人生前半は、
やっぱり“前へ進むこと”がテーマでした。
社会で認められる。
成果を出す。
家族を持つ。
経済的に自立する。
そして、
「自分は何者なのか」
を必死に作っていく時期。
私自身も、
筑波大学を卒業して、
野村證券に入り、
結婚して、
独立して、
事業を立ち上げて、
子育てして、
とにかく前へ進んできました。
当時は、
「立ち止まったら終わる」
くらいに思っていた気がします。
今思うと、かなり肩に力が入っていました。
たぶん当時の私は、
“休む”という言葉を、
「サボる」の仲間だと思っていた気がします。
実際、順調な時期もありました。
でもその一方で、
人生って、こちらの予定通りには進まないんですよね。
家族のこと。
人間関係。
大切な人の苦しみ。
仕事の変化。
時代の流れ。
何度も、
「なんでこんなことが起きるんだろう」
と思うような時期がありました。
その頃は、
正直、“意味”なんて分かりませんでした。
むしろ、
「ちゃんと頑張ってるのに」
という気持ちの方が強かったと思います。
でも、50代を越えた頃から、
少しずつ問いが変わってきました。
「どう成功するか」
より、
「自分は何を大切に生きたいのか」
「自分の経験を、どう人の役に立てるのか」
そんな問いが増えてきたような気がします。
ユングは、人生後半のテーマを、
“自己実現”
と表現したそうです。
ただ、これは、
「理想の自分になる」
というより、
強みも弱みも、
できることもできないことも含めて、
「これが自分なんだな」
と少しずつ受け入れながら、
自分らしい形で、
世の中に関わっていくことなのかもしれません。
若い頃の私は、
「弱さを見せたら終わり」
みたいに思っていました。
でも今は、
うまくいかなかった経験や、
遠回りした時間が、
人への理解につながっている気がします。
もちろん、今でも普通に揺れます。
いや、“普通に”ではないですね。
結構揺れます。
予定が重なると余裕がなくなるし、
今でも、予定を詰め込みすぎて、
あとから『またやりすぎたな…』と反省する日も普通にあります。
人間、いつまでたっても完成しません。
でも最近は、
「揺れないこと」
より、
“戻れること”
の方が大事なんじゃないかと思っています。
ミッドライフクライシス。
いわゆる“中年期の揺らぎ”も、
正直、できれば避けたいです。
体力も落ちる。
昔みたいに無理がきかない。
頑張ってきたのに、
「これでよかったのかな」
と急に立ち止まる時もある。
でも今振り返ると、
あの揺れは、
「もっと頑張れ」
というサインではなく、
「これからは、違う生き方もあるんじゃないか」
と、自分自身を見直す時間だったのかもしれません。
人生前半は、
「何を得るか」
がテーマだった。
でも後半は、
「何を残すか」
に変わっていく。
お金や肩書きだけではなく、
どんな言葉を残すのか。
どんな空気を残すのか。
誰にどんな安心を渡せるのか。
そんなことを考える時間が増えてきました。
最近、選手や保護者、指導者の方と話していると、
「ちゃんとしなきゃ」
と頑張り続けてきた人ほど、
途中で苦しくなることがあると感じます。
でも、人は崩れることがあります。
それは弱さではなく、
人生の流れの中で自然なことなのかもしれません。
そして、
崩れても、戻ればいい。
少し休みながらでもいい。
遠回りしながらでもいい。
人生後半は、
“完成”を目指すというより、
崩れながら、整えながら、
少しずつ統合されていく時間なのかもしれません。
私自身、まだまだ探求中です。
答えが分かったわけではありません。
でも最近は、
若い頃より少しだけ、
「急がなくても大丈夫か」
と思える瞬間が増えてきました。
それだけでも、
人生後半の価値なのかもしれません。
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