“何かしてあげたい”を、手放した日

先日、ある大学サッカー部で、
各カテゴリーの選手アンケートを分析する機会がありました。

結果が出ない時期でした。

アンケートを読んでいくと、
どのカテゴリーにも共通する空気がありました。

不安。
コミュニケーション不足。
信頼関係の揺らぎ。
主体性の低下。

もちろん、言葉はそれぞれ違います。

でも奥の方に、

「うまくいかない苦しさ」

のようなものが流れていました。

同時に、コーチ陣もかなり悩みながら現場に立っていることが伝わってきました。

だから私は、

「何とか助けてあげたい」

と思ったんです。

メンタルコーチとして、
何か整理できることがあるんじゃないか。

少しでも現場のヒントになるものを渡せないか。

そんな気持ちで、分析レポートを作り始めました。

最近はAIもあります。

アンケートを整理して、
構造化して、
見やすくまとめる。

昔の自分だったら何日もかかっていたことが、かなり短時間でできるようになりました。

実際、資料はよく出来ていました。

ちゃんと整理されている。

論点も分かりやすい。

たぶん、一般的に見れば「良い資料」だったと思います。

でも途中で、強い違和感が出てきたんです。

「正しいことは書いてある。
でも、何か違う」

そんな感覚でした。

分析はできている。

でも、“現場の体温”が消えている。

もっと言うと、

「整理はされている。
でも、自分がそこにいない」

そんな感じでした。

その時、ふと、
現場のコーチたちの表情を思い出しました。

結果が出ず、
選手との距離感にも悩みながら、
それでも毎日グラウンドに立っている。

たぶん、もう十分考えているんです。

十分悩んでいる。

十分苦しんでいる。

そこにさらに、

「分析結果はこちらです」

を渡すことが、本当に今必要なんだろうか。

そんな問いが、自分の中に出てきました。

もちろん、整理や分析が悪いわけではありません。

言語化されることで助かる現場もあります。

でも今回、私が感じたのは、

今必要なのは、

「正しい分析」

より、

「一人じゃない」

と感じられることなんじゃないか、ということでした。

もっと言えば、

今必要なのは、

分析ではなく、

“呼吸”

なのかもしれない。

そんな感覚でした。

だから今回は、

「何もしないで見守る」

を選びました。

昔の自分だったら、たぶん無理だったと思います。

すぐ資料を送って、
すぐ提案して、
すぐ改善策を考えていた。

“前のめり系メンタルコーチ”です。

今思うと、かなり息苦しかったと思います。

もちろん、今も「待つ」は苦手です。

気づくと、

「何か役に立たなきゃ」

が顔を出します。

でも最近は、

介入しすぎることで、

相手の主体性や回復力を奪ってしまうこともあるんじゃないか、と感じています。

「待つ」は、放置ではありません。

無関心でもない。

ちゃんと見ている。
ちゃんと気にしている。
でも、相手の力を信じて待つ。

そんな関わり方がある気がしています。

“教えるを手放す”

というのは、

こういうことなのかもしれません。

答えを渡すことより、

相手が自分で戻っていく力を信じること。

それは時々、
何かをするより、ずっと難しいです。

あなたは最近、

「何とかしてあげたい」

と力みすぎていませんか?

今、相手に本当に必要なのは、

「アドバイス」

でしょうか。

それとも、

「信じて待つこと」

なのかもしれませんか?

私自身、まだまだ探究中です。

「安心と主体性」

「崩れても戻れる力」

「心の体幹」

そんなテーマを、これからも現場で探究していきたいと思っています。

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