先日、継続してメンタルサポートをしている大学生サッカー選手から、うれしい報告があった。
今シーズン、初めて公式戦に出場し、最後までプレーできたという。
彼とは約1年間、月に一度のペースで対話を続けてきた。だからこそ、今回の報告は私にとってもうれしいものだった。
ただ、試合に出られたことと同じくらい、心に残ったことがある。
それは、そこに至る日々を、彼自身がどう捉えていたかということだ。
「プロセスとは、かけがえのないもの」
今回、そこまでの時間に何が心の支えになっていたのかを尋ねると、彼はこんな言葉を返してくれた。
「支えなのかは分かりませんが、振り返ってみると、自分がずっと大切にしてきたものは『プロセス』です」
そして、こう続けていた。
「僕にとって、『プロセスとは、かけがえのないもの』です」
「支えなのかは分かりませんが」という前置きも含めて、大切に受け止めたいと思った。
私が知りたかったのは、苦しい時間を乗り越えた理由だったのかもしれない。でも、彼が伝えてくれたのは、もっと広い、自分の人生との向き合い方だった。
彼は、自ら決断した選択を、自分の力で「正解」にしていくことを大切にしているという。
情報やデータを参考にしながらも、最後は自分の意思で選び、その先を切り拓いていく。その挑戦に、人生の醍醐味を感じているのだと。
今日をどう過ごすかを、自分で選ぶ
彼とのセッションでは、結果や評価とどう向き合うかも、大切なテーマだった。
試合に出るかどうかは、自分だけでは決められない。
一生懸命取り組んでいても、望む評価につながらないことがある。そんな時には、試合に出られないという結果と、自分自身の価値とを重ねてしまうこともある。
その中で、対話では日々の具体的な過ごし方にも目を向けてきた。
練習で何を磨くのか。
自分に合う準備や休息とは何か。
食事や身体のケア、時間の使い方をどう整えるのか。
ある時には、「日常の解像度」という言葉がテーマになった。
何となく一日を過ごすのではなく、何のために、何を意識して取り組むのか。自分の目標と日常の行動を結びつけて考えていく。
今回届いた言葉を読んで、そうした対話の背景には、彼が以前から大切にしていた「プロセス」への思いがあったのだと、改めて教えてもらった気がした。
苦しい時間も含めて、プロセスを愛する
彼のメッセージには、もう一つ、心に残る言葉があった。
「ときには喜びを感じ、笑い、ときには恐怖や痛み、苦しみさえも抱き締めながら、その一つひとつのプロセスを愛する」
いつも前向きでいる、ということではないのだと思う。
喜べる日もあれば、思うようにいかない日もある。その一つひとつを、自分の人生の一部として大切にする。
私は、その言葉に、リバウンドメンタリティーと重なるものを感じた。
崩れないことを目指すのではなく、悔しさや迷いがある自分にも気づきながら、自分が大切にしたいことへ戻り、次の行動を選び直していく。
ただ、それは私の受け止め方である。彼自身の思いは、私の枠組みだけでは収まりきらない広がりを持っている。
出場という結果から、過去の価値を決めない
今回、公式戦で最後までプレーできたことは、うれしい出来事だ。
もちろん、出場の理由をメンタル面だけで説明することはできない。技術や身体の状態、チームの状況など、さまざまな要素が関わっている。
そして、出場できたから、それまでの日々に価値が生まれたわけでもない。
自分で考え、試し、迷い、選び直してきた経験は、結果が出る前から彼自身のものだった。
もし今回、出場の機会が訪れていなかったとしても、その時間に向き合ってきたことの価値は変わらない。
「プロセスとは、かけがえのないもの」
彼の言葉は、そのことを私にも問いかけてくれた。
選手が大切にしているものを、聴けるコーチでありたい
最近の対話では、自分のプレーや状態に加えて、仲間とどう意思を共有し、チームの勝利にどう貢献するかも話題になっている。
これからの経験の中で、彼が何を感じ、どんな選択をしていくのか。その過程にも耳を傾けていきたいと思う。
試合に出られない時間は、決して簡単な時間ではない。周囲が簡単に「成長の機会だ」と言い切れるものでもない。
だからこそ、本人がその日々をどう感じ、何を大切にしているのかを聴きたい。
うれしい結果を一緒に喜びながら、結果が出ない日々にも耳を傾ける。そして、選手自身が歩むプロセスを尊重できるコーチでありたい。
今回の報告と、その後に届いた言葉から、改めてそう感じている。



コメントを残す