赤ちゃんって、すごいですよね。
歩き始めた頃なんて、何度も転ぶ。
転んで、泣いて。
でも、しばらくするとまた立ち上がる。
「また失敗した……」
「俺、歩く才能ないかも」
「お母さん、どう思ったかな」
なんて、たぶん考えてない(笑)。
痛ければ泣く。
悲しければ泣く。
そして、また目の前の「やりたい!」に向かっていく。
考えてみたら、赤ちゃんってものすごく「戻る力」が強いんですよね。
ところが、大人になると少し複雑になります。
失敗すると、
「またやっちゃった」
「自分はダメだ」
「周りからどう思われただろう」
「次も失敗したらどうしよう」
出来事に、いろんな意味をつけるようになる。
そして、その“頭の中の実況中継”を何度も再生してしまう。
もしかしたら僕たちは、失敗そのものを引きずっているのではなく、
失敗につけた「意味」を引きずっているのかもしれません。
実は今朝、僕自身もちょっとしたことでモヤッとしました。
最初は、
「なんか嫌だな」
「ちょっと失礼じゃない?」
と思っていたんです。
でも、少し立ち止まって、
「なんで俺、こんなに引っかかってるんだろう?」
と自分の中を見てみた。
すると、その奥に、
「ああ、軽く扱われたような気がして、悲しかったんだな」
という気持ちがありました。
そこで無理にポジティブに考えるのをやめて、
「そっか。悲しかったんだな」
と、その感情をちゃんと感じてみた。
すると、不思議なことに少しずつスーッと静かになっていったんです。
最近、僕はこれを勝手に、
「感情が成仏する」
と呼んでいます(笑)。
嫌な感情を消そうとしなくていい。
まず気づく。
ちゃんと感じる。
そして、自分がその出来事をどう捉えていたのかを見てみる。
必要なら、別の見方もしてみる。
そうすると、出来事を忘れたわけではないのに、少しずつ手放せる。
そして、また次へ行ける。
これって、赤ちゃんが持っている自然な回復力に、少し似ているのかもしれません。
大人だから、嫌だった出来事を全部忘れることなんてできません。
でも、
忘れなくても、戻ることはできる。
最近取り組んでいる「リバウンドメンタリティー」について考えていて、一つ大きな気づきがありました。
僕はこれまで、どうしたら人は「戻れるようになるのか」を考えてきました。
でも、もしかしたら少し違うのかもしれない。
人には、そもそも戻る力がある。
コーチが戻してあげるわけでもない。
新しい力を外から植え付けるわけでもない。
全ての人の中に、最初からある。
だとしたら、僕たち大人がやることは、
もともとすべての人が持っていた「戻る力」を思い出していくこと
なのかもしれません。
転んでもいい。
落ち込んでもいい。
泣いてもいい。
大切なのは、崩れないことではなく
崩れても、また自分の願いの方へ歩き出せること。
赤ちゃんのように。
最近、そんなことを考えています。
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