ある中学校で、コミュニケーションセミナーを行いました。
実は当初、私が準備していた内容は、まったく違うものでした。
テーマは、
「凹んだときにどう戻るか」
「不安や焦りをどう行動に変えるか」
というものでした。
心のコップ、ABC理論、戻る言葉、小さな行動基準。
生徒一人ひとりが、自分の不安や焦りに気づき、そこから立て直す力を育てる内容です。
資料もかなり作り込んでいました。
この内容自体には、十分な価値があったと思います。
ただ、事前打ち合わせで先生方の話を聴く中で、少しずつ感じるものがありました。
今回、本当に扱うべき課題は、個人のメンタルコントロールだけではないのではないか。
クラスの中にある空気。
人の発言への反応。
冷笑や薄いリアクション。
本音や感情を出しにくい雰囲気。
困っている人に自然に声をかける文化。
そこに向き合う必要があるのではないかと感じたのです。
準備した資料を、手放すことにした
そこで私は、直前ではありましたが、セミナーの内容を大きく変えました。
自分の不安を整える方法を中心にするのではなく、
安心して話せる関係をどうつくるか。
相手の安心の水を増やす聴き方とは何か。
冷笑や薄い反応を減らし、クラスのコミュニケーションレベルをどう上げるか。
そこに焦点を移しました。
生徒たちには、相手を変えながら、話し手と聴き手の両方を体験してもらいました。
目線。
うなずき。
相づち。
表情。
言葉の選び方。
話を聴くという、当たり前のように見える行動を、あらためて振り返る時間にしました。
結果として、生徒たちのアンケートには具体的な言葉が多く出てきました。
相手の話を最後まで聴きたい。
目を見て話を聴きたい。
薄い反応をしないようにしたい。
冷笑ではなく、共感できる部分を探したい。
「いいね」と言葉にして伝えたい。
一人でいる人や困っている人に気づきたい。
セミナーは、個人が自分を戻す方法を学ぶ場から、生徒自身がクラス文化を振り返る場へと変わりました。
なぜ、直前に変えられたのか
後から振り返ると、大きな問いが残りました。
なぜ私は、時間をかけて準備した資料を手放し、直前に内容を変えることができたのか。
経験があったから。
知識があったから。
引き出しがあったから。
それもあると思います。
でも、それだけではなかった気がします。
その時の自分が、比較的整っていた。
心身に余白があり、持っている力や経験を使える状態だった。
言い換えれば、リソースフルな状態だったのだと思います。
もし疲労が強かったら、違う判断をしていたかもしれません。
「せっかく準備したのだから、このままやりたい」
「直前の変更は危ない」
「予定通りにやることが成功だ」
「自分の専門性を示したい」
そんな思いが強くなっていた可能性があります。
そうなると、先生方の話を聴いていても、現場からの大切なサインを受け取りきれなかったかもしれません。
良い判断は、良い状態から生まれる
今回、あらためて感じたことがあります。
良い判断は、良い状態から生まれる。
能力や知識があるだけでは、良い判断ができるとは限りません。
大事なのは、その能力や知識を使える状態にあるかどうかです。
心に余白があったから、先生方の話を脅威ではなく情報として聴けた。
準備した資料への執着を手放せた。
変更を失敗ではなく、より良い選択として捉えられた。
自分の中に蓄積されていた実践知を、その場に合わせて組み替えることができた。
これは、セミナー講師だけの話ではないと思います。
指導者も、先生も、管理職も、保護者も同じです。
人に関わる立場の人ほど、その場で判断を求められます。
声をかけるのか。
待つのか。
叱るのか。
聴くのか。
予定を進めるのか。
立ち止まって組み替えるのか。
その判断の質は、知識だけで決まるわけではありません。
自分の状態に大きく左右されます。
休息と余白は、成果への投資である
休むこと。
眠ること。
余白を持つこと。
自分を整えること。
これらは、仕事をしていない時間ではありません。
自分を整えることは、成果から逃げることではない。
持っている力を、本当に必要な場面で使うための準備なのだと思います。
今回のセミナーで、私は生徒たちに「正解を当てる力」だけではなく、「自分で選ぶ力」を育てたいと考えていました。
でも、その前に、自分自身が同じことを問われていたのかもしれません。
準備してきた正解を、そのまま出すのか。
それとも、現場の声を聴き、その場に必要な一手を選び直すのか。
正解を準備する力以上に、その正解を手放し、その場に必要な一手を選び直す力が問われることがあります。
これは、リバウンドメンタリティーとも深くつながっています。
予定通りにいかない。
準備したものが、そのまま使えない。
現場で違和感が生まれる。
その時に、自分を責めたり固まったりするのではなく、いったん戻り、選び直す。
崩れないことではなく、崩れそうになった時に戻り、次の一手を選ぶこと。
今回の経験は、私自身にとっても大切な学びでした。
最近、判断の質が落ちていると感じた時、自分はどんな状態だったでしょうか。
今の自分に必要なのは、さらに頑張ることでしょうか。
それとも、持っている力を使える状態に戻ることでしょうか。
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