全員が主役のチームは、なぜ人の心を震わせるのか

久石譲のオーケストラを聴きながら、晩酌をしていた。

気づいたら、涙が出ていた。

なぜだろうと、しばらく考えていた。

うまいとか、すごいとか、そういう言葉では説明がつかない。

ただ一つ、浮かんできた言葉があった。

「全員が主役だな」


オーケストラには、主旋律がある。

でも、それだけでは音楽は成立しない。

後ろで鳴っている音
繰り返されるリズム
わずかに重なる和音

そのどれが欠けても、あの世界は成立しない。

誰か一人が目立っているのではなく
全員がそこに“いる”ことで、音楽ができている。


ここで、ふと思った。

チームも同じではないか。


現場では、どうしても主役を作りたくなる。

エースがいて
中心選手がいて
その周りを支える選手がいる

もちろん、それも一つの形だ。

でも

本当に強いチームは少し違う。


誰かが主役なのではなく

「全員が主役で、役割が違うだけ」


この状態になったとき

チームは一気に変わる。


なぜなら

人は

「ここにいていい」

と感じたときに、力を出すからだ。


逆に言えば

どこかで

「自分は脇役だ」
「自分はいなくてもいい」

と感じた瞬間に

人はエネルギーを失う。


久石譲の音楽を聴いていて感じたのは

誰も消されていない、ということだった。


すべての音に意味があり

すべての存在が活かされている


だから

聴いている側も

「自分もここにいていい」

と感じる


それが、あの涙の正体だったのだと思う。


では

指導者として、何ができるのか。


難しいことではない。


「この場で、誰も消えていないか?」


それを問い続けること。


特別な技術ではなく

ちょっとした声かけ
ちょっとした関わり方


存在を認める
感情を認める
考えを認める


その積み重ねが

空気をつくる。


そして、その空気の中で

人は自然に力を出し始める。


久石譲の音楽は

人を動かそうとしていない。


ただ

全員が活きる構造をつくっている。


だから

結果として

人の心が動く。


チームも同じだと思う。


指導者がやるべきことは

誰かを主役にすることではなく


「全員が主役でいられる空気をつくること」


今日のこの涙は

その大切さを、改めて教えてくれた。

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