雨上がりの朝、公園を歩きながら、AIの音声機能で壁打ちをしていました。
きっかけは、ふと浮かんだ問いでした。
罪悪感とは何だろう。
誰かに対して申し訳ない気持ちになる。
ちゃんとできていない気がする。
期待に応えられていないように感じる。
そんな感覚が、自分の中にありました。
最初は、罪悪感そのものをどう扱えばいいのかを考えていました。
でも、話しながら少しずつ見えてきたのは、罪悪感の奥にある「自分のルール」でした。
相手の期待に応えなければならない。
求められたら役に立たなければならない。
嫌われてはいけない。
ちゃんとした人でいなければならない。
そんな「〜しなければならない」が、自分の中にまだ残っていたのだと思います。
もちろん、それらは悪いものではありません。
人を大切にしたい。
役に立ちたい。
信頼を失いたくない。
そういう思いから生まれているものでもあります。
ただ、その「すべき」が強くなりすぎると、自分の心はだんだん他人軸に引っ張られていきます。
相手がどう思うか。
期待に応えられているか。
嫌われていないか。
ちゃんとした人間に見えているか。
そのことばかりが頭の中を回り始める。
まるで、罪悪感アプリが何日も作動し続けているような感じです。
そこで、問いを変えてみました。
今の自分に必要なことは何だろう。
自分が本当にやりたいことは何だろう。
すると、後ろから引っ張られていた感覚が薄れて、これからやりたいことの方へ自然に意識が向きました。
ここで大事なのは、罪悪感を無理になくそうとすることではないのだと思います。
罪悪感が出てきた時は、
「自分は今、どんな“正しさ”に縛られているんだろう」
と問い直してみる。
そして次に、
「本当は、どこへ戻りたいんだろう」
と、自分の方向を確認する。
これが、他人軸から自分軸に戻るための問いなのだと思います。
他人軸に入っている時、問いは外側に向きます。
相手はどう思うだろう。
嫌われないだろうか。
期待を裏切っていないだろうか。
自分軸に戻る時、問いは内側に戻ります。
私は何を大切にしたいのか。
今の自分に必要な一歩は何か。
自分の使命につながる選択は何か。
今朝の壁打ちは、誰かに答えを教えてもらった時間ではありません。
AIと対話しながら、自分の中にあったものが少しずつ言葉になっていく時間でした。
罪悪感が出てきた時。
それは、自分を責めるサインではなく、自分の中の「すべき」に気づく入り口なのかもしれません。
今、私は何に縛られているのか。
そして、本当はどこへ戻りたいのか。
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