先日、サッカーの試合を見るために現地まで出かけた。
ところが、着いてから雨で試合が中止になったことを知った。
本来なら夕方まで試合があり、私も寒い雨の中で複数試合のレフェリーをする予定だった。
身体のことを考えれば、助かった部分もある。
でも最初に出てきたのは、
「せっかくここまで来たのに」
「残念だな」
という気持ちだった。
こういう時、ついすぐに捉え直そうとしてしまう。
「いや、ラッキーだった」
「これは休めということだ」
「前向きに考えよう」
もちろん、それも大事である。
でも最近思うのは、捉え直す前に、まず感情を感じることが大切なのではないかということ。
自分の中に、3歳くらいの小さな自分がいると考えると分かりやすい。
その子が、雨の中でしょんぼりしている。
「楽しみにしてたのに」
「せっかく来たのに」
「試合、見たかったのに」
そんなふうに泣いている。
その子にいきなり、
「泣くな」
「そんなことで落ち込むな」
「もっと前向きに考えろ」
と言っても、たぶんなかなか泣き止まない。
大人でも泣き止まない。
私なら、少しすねる。(笑)
まず必要なのは、隣に座ってあげることなのだと思う。
「そりゃ残念だったよな」
「楽しみにしてたもんな」
「せっかくここまで来たのにな」
そうやって、自分の中の小さな自分に声をかける。
私はこれを、勝手に「リトルアキラ」に寄り添う感覚で捉えている。
名前をつけると少し照れるが、意外と分かりやすい。
これが自己受容であり、Noticeの大切なプロセスなのだと思う。
まず気づく。
そして感じる。
その感情を否定せずに受け止める。
すると、少しだけ心が落ち着いてくる。
その後で初めて、
「じゃあ、ここからどうしようか」
「別の見方はあるかな」
「今日をどう戻そうか」
と考えられるようになる。
これがReturn。
捉え直しである。
今回も、少し落ち着いてから考えてみると、別の見方が出てきた。
雨の中で長時間レフェリーをしていたら、かなり疲れていたかもしれない。
風邪をひいていた可能性もある。
予定より早く家に帰れる。
その時間を、自分の好きなことに使える。
そして家に帰って、おでんを炊いた。
Jリーグを見ながら、一杯飲んだ。
そのおでんが、とてもおいしかった。
もし朝からずっと家にいたら、同じおでんでも、ここまでおいしく感じなかったかもしれない。
一度「残念」を味わったからこそ、その後の「ありがたい」や「おいしい」が、少し深く感じられた気がする。
以前にも、試合を見に行ったのに、会場変更の連絡を見落として、試合を見られなかったことがあった。
その時は本当に残念だった。
でもその後、そのチームが大会でどんどん勝ち上がり、素晴らしい試合を見せてくれた。
だから最近は、
「今は意味が分からなくても、あとから少し見えてくることもあるのかもしれない」
くらいに思うようになった。
もちろん、すべての出来事に意味がある、と言い切るつもりはない。
そんなに悟ってはいない。
おでんで機嫌が直る程度の人間である。(笑)
ただ、捉え直しは、感情を飛ばしてやるものではないのだと思う。
残念だった。
悔しかった。
せっかく来たのにと思った。
まずそこを受け止める。
そのうえで、
「じゃあ、ここからどうする?」
と次を選ぶ。
感情を受け止めるからこそ、人は戻りやすくなる。
あなたの中の小さな自分が今泣いているとしたら、どんな言葉をかけますか?
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