なぜ、指導者は選手に任せることが怖いのか

筑波大学蹴球部コーチングラボDAY3から考える、主体性と任せる勇気

筑波大学蹴球部コーチングラボDAY3を実施しました。

全体テーマは、

「教えるから、引き出すへ」

今回のテーマは、

「主体性と任せる勇気」
〜教えすぎず、放任せず、選手の力を引き出す〜

でした。

対話の中で、深く残った問いがあります。

選手に任せたいのに、なぜ私たちはつい口を出してしまうのか。

これは、多くの指導者にとって避けて通れない問いだと思います。

選手のために言っている。でも言いすぎてしまう

指導者は、選手に成長してほしいと思っています。

自分で考えてほしい。
自分で判断してほしい。
自分たちで修正してほしい。

そう願っている。

でも、現場に立つと、つい言いたくなります。

「今のはこうだろう」
「もっと早く判断しよう」
「なぜ気づかないんだ」

それは悪意ではありません。

勝たせたい。
成長させたい。
責任を果たしたい。

その本気があるからこそ、先に答えを渡したくなるのです。

ただ、その言葉が増えすぎると、選手が自分で考える余白を奪ってしまうことがあります。

任せることと、放任は違う

DAY3で大切にしたのは、「任せる」と「放任」を分けることでした。

任せるとは、責任を手放すことではありません。

選手に考える余白を渡すことです。

放任は、見ないこと。
任せるは、見守ること。

放任は、責任を手放すこと。
任せるは、最後の責任を持ちながら、選手に判断の機会を渡すこと。

たとえば、選手同士で修正する時間をつくる。

これは任せることです。

でも、その時間に何が起きているかを見ず、基準が下がっても放置するなら、それは放任に近づきます。

任せるには、観察が必要です。

黙っているけれど、見ている。
待っているけれど、基準は手放していない。

ここが大切なのだと思います。

指導者は、なぜ手放せないのか

選手に任せたい。

でも、怖い。

選手が間違えるのが怖い。
チームが緩むのが怖い。
負けるのが怖い。
自分の指導力を疑われるのが怖い。

この感覚は、決して弱さではないと思います。

本気で現場に向き合っているからこそ起きる反応です。

ただ、その恐れが強くなりすぎると、指導者は選手をコントロールしたくなります。

自分が言った方が早い。
自分が決めた方が安心。
自分の思い通りに動いてくれた方が不安が減る。

でも、それが続くと、選手が自分で考える機会は少なくなっていきます。

ここに、指導者の難しさがあります。

勝敗と自分の価値を少し切り離す

競技の現場では、結果が問われます。

勝つことは大切です。
ただ、勝敗や周囲の評価に自分の価値を預けすぎると、指導者は待てなくなります。

負けたら自分が否定されたように感じる。
選手がうまくいかないと、自分の力不足に見える。
だから、すぐに修正したくなる。

その不安が、選手を握りすぎる原因になることがあります。

だからこそ、指導者の喜びを勝ち負けだけに置かないことも大切です。

選手が自分で考え始めた。
選手同士で声をかけ合った。
ミスの後に自分たちで立て直した。
一人の選手が自分の課題を言葉にした。

こうした変化にも喜びを置けると、少し待てるようになります。

まず問いを渡してみる

では、どうすればよいのか。

大きく変えようとしなくてもいいと思います。

まずは、答えを言う前に一つ問いを渡してみる。

「今、どう見えている?」

「理想はどんな状態?」

「次に何を試す?」

そして少し待つ。

選手が自分の言葉で考える時間をつくる。

もちろん、何でも選手に任せればいいわけではありません。

人を傷つける言動。
安全に関わること。
チームの大切な基準が崩れる場面。

そこは指導者が握る必要があります。

任せるとは、丸投げではありません。

選手に余白を渡しながら、最後の責任は指導者が持つことです。

任せる勇気は、自分の恐れに気づくことから始まる

任せる力とは、選手を信じる力です。

同時に、指導者自身の恐れに気づく力でもあります。

教えることをやめるのではない。
選手が考え始める余白をつくる。

選手の主体性を育てる第一歩は、指導者が自分の中にある恐れに気づくことかもしれません。

筑波大学蹴球部コーチングラボDAY3は、指導者自身が何を恐れているのかを見つめる時間でもありました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Search

Popular Posts

Categories

Tags

PAGE TOP