筑波大学蹴球部の小井土監督が「教えるを手放す」という本を出版された。
このタイトルを見て、多くの指導者は一度立ち止まるのではないだろうか。
本当に教えなくていいのか。
現場でそんなことが成り立つのか。
そう感じるのは自然なことだと思う。
私自身、筑波大学蹴球部でメンタルコーチとして関わる中で、
この「教えるを手放す」というテーマと、何度も向き合ってきた。
そして今ははっきりと言える。
教えないことで、選手が動き出す瞬間がある。
例えば、昨日のセッションでも印象的な出来事があった。
3ヶ月前まではBチームにいた選手が、トップチームに上がっている。
K選手、そしてM選手。
もちろん、これは単なる結果に過ぎない。
大事なのは、その裏で何が起きていたかである。
彼らに対して、特別なことを教えたわけではない。
むしろ逆である。
答えを与えず、問いを投げ続けた。
すると少しずつ、変化が起きる。
自分で考え始める。
自分で選び始める。
他人軸から自分軸へと戻っていく。
ここで大切なのは、
「教えない」ということは「放置する」ということではないという点である。
関わらないのではない。
むしろ関わりは深くなる。
違うのは、答えを渡さないということだ。
主体性は教えることができない。
しかし、主体性が生まれる状態をつくることはできる。
その土台になるのが、心理的安全性であり、
そしてもう一つが基準である。
安心して発言できる環境があること。
その上で、自分はどう行動するのかという基準を持てること。
この二つが揃ったとき、選手は初めて自分で動き始める。
これはサッカーの現場に限った話ではない。
昨日、企業の新人研修でも同じことを行った。
教えすぎず、問いを投げる。
正解を与えず、自分で基準を考えてもらう。
すると、場の空気が変わる。
誰かに言われたから動くのではなく、
自分で選んで動く人が少しずつ増えていく。
いいチームは、教えてつくるものではない。
自分で考え、選び、行動する人が集まってできる。
そのために指導者ができることは、
教えることを手放し、考える余白をつくることなのかもしれない。
あなたは、教えすぎていないだろうか。
それとも、考える余白を残せているだろうか。
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