二十年前の日記を読んでいた。
成果は出している。
まわりの評価もある。
けれど、怒りと不安に支配されている。
旅行に行っても心は休まらない。
常に仕事のことを考えている。
「あれ、これは幸せなのか?」
あの頃の私は、怒りと不安の森の中にいた。
十牛図という物語
禅に「十牛図」という物語がある。
牛を見失った少年が森をさまよう。
牛は本来の自分、心の静けさ。
最初は牛を探す(尋牛)。
足跡を見つけ(見跡)、
姿を見つけ(見牛)、
捕まえようとする(得牛)。
しかし牛は暴れる。
やがて牛と呼吸が合い、
最後は町へ戻る(入鄽垂手)。
悟って終わりではない。
町で生きる。
私はこの物語を読んだとき、
「ああ、これは怒りと不安から抜け出す構造だ」と思った。
五段階プロセスは“地図”として生まれた
しかし物語だけでは足りなかった。
どうやって森を抜けるのか。
そこで心理学や
7つの習慣 を学んだ。
スティーブン・R・コヴィー が示した
「主体性」「影響の輪」。
刺激と反応の間にスペースを持つ。
怒りも不安も、ゼロにはならない。
でも、選び直せる。
その経験を整理して生まれたのが五段階プロセスだ。
他人軸 → 揺れ → 自分軸 → 無条件の肯定 → 還元。
十牛図を、現代の実践言語に翻訳したものと言ってもいい。
ある高校生の森
ここで、一人の高校生の話をする。
(個人が特定されないよう一部調整している。)
彼は寮生活でストレスを抱え、
チーム内の上下関係に萎縮し、
「見下される」「責められる」と感じていた。
膝の怪我も重なり、
不安と苛立ちが増していた。
まさに尋牛の状態。
彼にまずやってもらったのは、
「劣等感の構造」を理解することだった。
攻撃してくる側には劣等感がある。
問題は自分の価値ではない。
これは足跡を見つける段階だ。
声出しという“手綱”
次に提案したのはシンプルな実験だった。
練習中に、意図的にポジティブな声を出す。
「ナイス」「やろう」「大丈夫」
最初は半信半疑だった。
しかし彼は気づく。
声を出しているとき、
不安に支配されにくい。
声は心理的バリアになる。
チームの反応も変わる。
これは牛の手綱を握る行為だった。
怒りや不安は消えていない。
でも、まわりに支配されなくなった。
森の出口
数ヶ月後。
彼は言った。
「不安はあるけど、まわりに振り回されなくなりました」
体調も安定し、
チーム内の安心できる関係を自分で選べるようになった。
これは五段階で言えば、
他人軸から自分軸への移行だ。
十牛図で言えば、
牛と呼吸が合い始めた段階。
今朝
今朝、梅がほころんでいた。
桜のつぼみは静かにふくらみ、
雲はゆっくり形を変えていた。
二十年前の私は、きっと見えていなかった景色だ。
穏やかさは成果の副産物ではない。
怒りと不安に飲み込まれず、
小さな選択を積み重ねた結果だ。
十牛図は物語。
五段階プロセスは地図。
そして森を抜け出すのは、たった一つの実験から始まる。
声を出すことか。
怒りが湧いたら3秒数えるとか。
不安が顔を出したらコントロールできることを3つ書くことか。
牛はすぐにはおとなしくならない。
でも、今日一度手綱を握れば、
森の出口は少し近づく。
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