痛みは人を突き動かす。愛は人を育てる。

ある映画を観ていて、少し嫌な言い方になりますが、強烈に引っかかったことがありました。

恐れや不安を使うと、人はここまで動くのか。

お金。
影響力。
支配。
成功への執念。
負けたくないという怒り。

そのエネルギーの強さに、正直、驚きました。

もちろん、誰かを一方的に批判したいわけではありません。映画の登場人物にも、それぞれの背景があるはずです。

ただ、メンタルコーチとして見ていると、どうしても考えてしまいます。

人は、何をエネルギーにして動いているのか。

そして、何のエネルギーで人は育っていくのか。

不安で人は動く

まず認めなければいけないのは、不安で人は動くということです。

もう二度とあの思いをしたくない。
見下されたくない。
貧しさに戻りたくない。
無力な自分に戻りたくない。
支配される側に戻りたくない。
自分の価値を証明したい。

こうした痛みは、人をコンフォートゾーンの外へ押し出します。

「悔しい」
「見返したい」
「絶対に負けたくない」

この力は、たしかに強い。

私自身も、振り返れば、痛みに押されて動いてきた時期がありました。きれいごとではなく、悔しさや不安があったから動けたこともあります。

だから、痛みを否定するつもりはありません。

ただし、その痛みが癒やされないままだと、成功しても安心できない。

もっと結果を出さなければならない。
もっと認められなければならない。
もっと強くならなければならない。
もっと支配力を持たなければならない。

そうやって、いつの間にか自分を動かしていた不安で、今度は他者を動かす側に回ってしまうことがあります。

ここが怖いところです。

痛みは人を突き動かす

痛み回避のエネルギーは、過去から逃げる力です。

あの悔しさに戻りたくない。
あの惨めさを二度と味わいたくない。
あの無力感を繰り返したくない。

だから走る。
だから努力する。
だから結果を出そうとする。

これは、人間の自然な反応です。

でも、痛みだけを燃料にして走り続けると、心のどこかが休まりません。

勝っても安心できない。
認められても満たされない。
次の結果が出ないと怖くなる。

痛みは人を突き動かす。
でも、痛みだけでは人は安心できない。

映画を観ながら、そんなことを感じていました。

愛は人を育てる

もう一つのエネルギーがあります。

それは、愛のエネルギーです。

少し照れくさい言葉ですが、やはりここは「愛」としか言いようがない気がします。

誰かの可能性を信じたい。
この人たちが戻れる場をつくりたい。
自分が受け取ったものを次に手渡したい。
人が自分を責めずに戻れる世界をつくりたい。
選手や生徒が、自分で選べるようになってほしい。

痛み回避が「過去から逃げる力」だとしたら、愛のエネルギーは「未来をつくる力」です。

不安で人は動く。
でも、安心でしか人は育たないのかもしれません。

ここが、私の中でとても大事な感覚です。

スポーツ指導でも同じことが起きる

スポーツの現場でも、不安のエネルギーはよく使われてきました。

怒られたくない。
外されたくない。
評価を下げたくない。
ミスをしたら何を言われるかわからない。

そういう空気があると、選手は動きます。

集合も早くなるかもしれない。
声も出るかもしれない。
ミスも減るかもしれない。

だから、不安で人を動かす指導には、短期的な効果があります。

ただ、不安だけで動いている選手は、だんだん顔色を見るようになります。

ミスを隠す。
挑戦を避ける。
失敗後に戻れなくなる。
自分で判断するより、怒られないことを優先する。

これは、選手が弱いからではありません。

不安が強すぎると、人は自分を守ることを優先するからです。

一方で、安心がある選手は違います。

ミスしても戻れる。
もう一度挑戦できる。
自分で考えられる。
指導者が見ていない時にも動ける。
自分の基準を持てる。

ここで誤解したくないのは、安心は甘やかしではないということです。

安心とは、基準を下げることではありません。
安心とは、ミスしても基準に戻れる土台です。
安心とは、厳しさをなくすことではなく、厳しさが届く土台をつくることです。

世界の育成が向かっている方向

世界の育成を見ても、選手をただ従わせる方向から、選手が見て、考えて、判断する方向へ進んでいるように感じます。

スペインやバルセロナの育成では、ボールを持ちながら状況を読み、自分で判断する力が重視されてきました。

イングランドも、育成を見直す中で、選手が主体的にプレーを理解し、判断できる方向へ進んできたと感じます。

つまり、これからの育成で大切なのは、怖がらせて動かすことではない。

選手が状況を読み、自分で判断し、ミスの後も戻れること。

ここに、リバウンドメンタリティーの意味があります。

リバウンドメンタリティーが目指すもの

リバウンドメンタリティーとは、崩れない力ではありません。

崩れても戻る力です。

そしてそれは、痛みを否定するメソッドではありません。

痛みの奥にある、本当の願いに気づくこと。

「見返したい」の奥にある、認められたかった自分。
「負けたくない」の奥にある、本気で成長したい自分。
「怒られたくない」の奥にある、安心して挑戦したい自分。

そこに気づいていく。

そして、恐れで動く人生から、愛で選ぶ人生へ戻っていく。

これが、私の考えるリバウンドメンタリティーです。

不安は短期的に人を動かす。
安心は長期的に人を育てる。

痛みは人を突き動かす。
愛は人を育てる。

私が育てたいのは、怒られないために動く選手ではありません。

ミスしても、崩れても、自分で戻り、もう一度選び直せる選手です。

そのために必要なのが、安心です。

リバウンドメンタリティーは、恐れで人を動かすためのものではありません。

人が自分を責めずに戻り、自分の願いからもう一度選び直すためのメソッドなのだと思います。

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