「厳しくしないと人は育たない」のか?

今日、YouTubeを見ながら、いろいろ考えさせられていました。

イチロー が、

「厳しい指導者がいなくなった」
「人は放っておくと甘くなる」
「だから自分を律する力が必要」

という話をしていて、

さらに 林修 が、

「子どもにとって一番大事なのは姿勢です」

と話していたんですね。

それを聞きながら、

「ああ、本当にそうだよな」

と思いました。

実際、人は弱いです。

…もちろん、私も含めてです。

放っておくと、

スマホを見続ける。
「あと5分だけ」が30分になる。
気づいたらYouTubeが次の動画を勝手に再生している。

あれはもう、“おすすめ”ではなく“誘惑”ですね。

だから、

・習慣
・姿勢
・基準
・自分を律する力

これは確かに必要なんだと思います。

ただ、最近ずっと考えていることがあります。

それは、

「人を何によって動かすのか」

ということです。

昔のスポーツ現場って、

“怖さ”で人を動かすことが多かったんですよね。

怒鳴られる。
外される。
認められない。

だから頑張る。

実際、それで伸びた人もいます。

私自身も、そういう時代を通ってきました。

ただ一方で、

その環境の中で、

・失敗を隠す
・顔色を見る
・自分で考えなくなる

そんな選手も、本当にたくさん見てきました。

今、筑波大学や中学・高校の現場で感じるのは、

必要なのは、

「厳しさをなくすこと」

ではなく、

「不安だけに頼らないこと」

なんじゃないか、ということです。

例えば、

・挨拶をする
・時間を守る
・声を出す
・最後まで走る

こういう基準は必要です。

これは、やっぱり土台になる。

でも、

「やらないと怒られるからやる」

だけだと、

監督がいなくなった瞬間に崩れてしまう。

逆に、

「自分たちはどういうチームでありたいか」

そこにつながっていくと、

人は少しずつ、自分で整え始めます。

最近の私は、

「安心と基準」

この両方が大事なんじゃないかと感じています。

安心だけだと、甘くなる。
基準だけだと、苦しくなる。

だから、

「失敗しても、人間性まで否定されない安心」

と、

「でも、自分たちはここを目指そうという基準」

この両方が必要なんですよね。

結局、目指したいのは、

「監督が怖いから動く選手」

ではなく、

「自分で自分を整えられる選手」

なんだと思います。

そしてこれは、スポーツだけの話ではありません。

大人も同じです。

私自身、予定が詰まりすぎると、余裕がなくなります。

余裕がなくなると、
感覚が鈍くなる。

今日も駅前のお花屋さんで、
ペチュニアを見ながら、

「紫にするか、白にするか」

しばらく本気で悩んでいました。

60歳を過ぎた男性が、
花の前で真剣に悩んでいる姿は、
客観的に見ると、なかなか平和です。

でも、忙しい時の自分だったら、
たぶんそんな時間は切り捨てていたと思うんです。

ただ、その“余白”があったことで、

部屋の空気も、
自分の流れも、

少し変わった気がしました。

人は放っておくと甘くなる。

これは本当です。

でも同時に、

人は余白がなくなると、
自分を感じられなくなる。

これもまた、本当なんですよね。

だから私は、

「厳しさか、優しさか」

という二択ではなく、

「安心の中で、自分を律する力を育てられるか」

そこを、これからも探求していきたいと思っています。

たぶん、このテーマには“正解”はありません。

だからこそ、
現場で迷いながら、
選手や指導者と一緒に考え続けること自体に、
意味があるのかもしれません。

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