── 第3段階を越えるために私たちができること
ある出来事をきっかけに、心がざわついた。
若者が危うい選択をしたという報道を見ると、私はどうしても立ち止まる。
行動そのものより、その前にどんな燃料で走っていたのかを考えてしまう。
人は皆、何かの燃料で動いている。
不安か。
安心か。
他人軸から自分軸へ戻る5段階
私は人の成長を5つの段階で捉えている。
第1段階(過剰適応期/ガソリン)
評価が気になる。結果で安心し、失敗で揺れる。
不安を燃料に高出力で走るが、消耗が激しい。
第2段階(違和感顕在化)
頑張っているのに満たされない。
止まれない疲労。
第3段階(再配置期)
迷い、停滞、燃料切れ。
ここが転換点。
第4段階(兆しの出現/電気)
無理が減る。静かに整い始める。
結果と自分を分けられる。
第5段階(自然加速期/太陽光)
結果に振り回されない。
安心と信頼から自然体で力が出る。
問題は、第3段階で戻ってしまう人が多いことだ。
分岐点は「助手席の声」
第3段階で迷ったとき、
助手席の声が何と言うか。
「もっと頑張れ」
「お前はダメだ」
この声が強いと、再び不安で走ろうとする。
あるいは、痛みを麻痺させたくなる。
一方で、
「大丈夫。次いこう」
「今回はうまくいかなかっただけ」
そう言える声があれば、燃料は変わる。
では、この助手席の声はどこから生まれるのか。
承認の五段階
私は「承認」には段階があると考えている。
- 存在承認
あなたはあなたでいい。 - 感情承認
そう感じているんだね。 - 思考承認
そう考えたんだね。 - 行動承認
挑戦したことは事実だね。 - 結果承認
結果が出たね。すごいね。
多くの現場では、
結果承認が中心になる。
結果が出たら褒める。
出なければ沈黙。
それが続くと、
「結果=自己価値」
という思い込みが強化される。
第3段階で結果が出ないとき、
自己価値そのものが揺れる。
それは苦しい。
存在承認の力
一方で、
存在承認が繰り返されているとどうなるか。
「何を感じても」
「何を考えても」
「どんな行動をしても」
あなたはあなたのまま大丈夫。
このメッセージが何千回も積み重なると、
第3段階で結果が出なくても、
「今回はうまくいかなかった」
で止まる。
「自分はダメだ」までは行かない。
ここが大きな違いだと思う。
だからといって親を責めない
ここで誤解してほしくない。
誰も完璧な親ではない。
私も完璧な指導者ではない。
つい結果を見てしまう。
つい評価してしまう。
人間だもの、と言いたくなる。
だからこれは誰かを責める話ではない。
気づいた人から、
存在承認を一つ増やしていく話だ。
第3段階を越えるために
今日からできることはシンプルだ。
・結果と存在を分ける
・失敗したときにまず感情を認める
・行動のプロセスを言葉にする
・そして時々、理由なく存在を肯定する
「何があっても味方だよ」
この一言は、
将来の助手席の声になる。
若者は弱いから崩れるのではない。
不安という燃料で走り続け、
助手席の声が厳しすぎただけかもしれない。
私たちは
どんな燃料で子どもを走らせているだろうか。
そして自分自身は
どんな燃料で動いているだろうか。
第3段階は誰にでも来る。
だからこそ、
存在承認という太陽光を、
少しずつ増やしていきたい。
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