ドラマのワンシーンから考えさせられたこと
先日、あるドラマを見ていて、強く印象に残る場面がありました。
運動会で転んで泣いている子どもに対して、
親がこう声をかけるシーンです。
「何泣いてんのよ。立って走りなさい」
一見すると、
「甘やかさない、強い親」
「根性を教える立派な関わり」
にも見えるかもしれません。
でも、メンタルコーチとしてこの場面を見たとき、
正直、少し胸が苦しくなりました。
なぜなら、この一言で子どもの心に起きていることは、
私たちが思っている以上に大きいからです。
転んで泣いている時、子どもの心はどうなっているか
転んだ直後の子どもは、
- 体の痛み
- みんなに見られている恥ずかしさ
- 「どうしよう」という不安
この3つが一気に押し寄せています。
つまり、心はかなり無防備な状態です。
そんな時に、
泣くな
立て
走れ
と言われると、子どもはこう学習します。
- 感情を出すのはよくないこと
- 弱さを見せると否定される
- 立ち直りは誰も助けてくれない
結果として、
「強くなる」より先に
感情を押し込める癖が身についていきます。
強さと我慢は、まったく別の力
よく、
泣かずに立ち上がれる子が強い
と思われがちですが、心理学的には逆です。
本当に折れにくい人は、
- まず自分の感情を感じることができて
- それを受け止めてもらった経験があり
- だからまた挑戦できる
というプロセスを通っています。
つまり、
受け止め → 回復 → 再挑戦
この循環があるから、
人は「自分で立ち直れる」ようになるのです。
命令で立たされた子は、
立ち上がっても、心は回復していません。
親の「正しさ」が、子どもの人生を縛ってしまうこともある
あのドラマの親の言葉、
よく考えると少し違和感があります。
あの瞬間、親が一番気にしていたのは、
- 子どもが痛いかどうか
よりも - ちゃんと走って評価を落とさないか
だったようにも見えました。
無意識のうちに、
子ども=自分の成果物
子どもの出来=自分の評価
になってしまう。
こうなると、
子どもは「自分の感情」より
「親の期待」を優先するようになります。
そして大人になってから、
- 自分で決められない
- 失敗が怖い
- 人生の責任を持つのがしんどい
という形で、別の苦しさとして現れてくることがあります。
本当は、どんな声かけがよかったのか
では、あの場面で
どんな声かけならよかったのでしょうか。
正解は一つではありませんが、たとえば、
- 「痛かったね」
- 「びっくりしたよね」
まず、ここです。
感情を受け止める。
その上で、
- 「どうする?」
- 「まだ走れそう?」
と、選択を本人に返す。
この順番が大切です。
すると子どもは、
自分で立つことを、
自分で選んだ
という経験を積むことができます。
これが、自立の芽になります。
これは、指導の現場でもまったく同じ
試合でミスをした選手に、
何やってるんだ
切り替えろ
と声をかける場面、よくあります。
もちろん切り替えは大事です。
でも、
感情を無視されたままの「切り替え」は、
ただの我慢になりやすい。
だから私は現場で、
- 今、何が一番悔しい?
- ここから何を取り戻したい?
そんな問いから入るようにしています。
自分で立ち直る力は、
自分で選び直す経験から育つからです。
おわりに:子どもを「作品」にしないということ
子育ても指導も、
気づかないうちに、
この子を立派に育てなきゃ
成功させなきゃ
という思いが強くなっていきます。
でもその瞬間、
子どもは「作品」になってしまう。
人生を生きる主体は、
あくまで本人です。
私たち大人にできるのは、
- 転んだ時に受け止めること
- 立ち上がる選択を返してあげること
それだけなのかもしれません。
でも実は、その関わり方こそが、
10年後、20年後の「自分で人生を運転できる力」を
静かに育てていくのだと、私は感じています。
もし、
「厳しさと優しさのバランスが分からない」
「任せたいけど、口を出してしまう」
そんな悩みを感じている方は、無料メルマガで具体的な関わり方の例をお届けしています。
👉 無料メルマガ登録はこちら
また、個別のご相談はLINE公式でも受け付けています。
👉 LINE公式はこちら
コメントを残す