今朝もいつものように、公園を散歩していました。
「今日もいい天気だなあ」と歩いていると、梅園に梅が咲き始めていました。
「ああ、きれいだなあ。ありがたいなあ。」
そんな気持ちで、しばらく梅を眺めながら歩いていました。
すると突然、まったく脈絡なく、こんなことが頭に浮かんできたんです。
「なんで空海って、あんな力(神通力)を使えたんだろう?」
我ながら突拍子もないなと思いながら(笑)、
でもそのあと、もう一つの考えが続いて浮かびました。
もしかしたら空海って、
自分から“ラーナーセンタードな環境”に身を置いていたんじゃないか?
って。
■ 空海の生き方って、実はかなり“学習者中心”だったのでは?
空海といえば、厳しい修行、山、瞑想、真言密教…。
すごい人、というイメージはありますが、
よく考えてみると、
- 誰かに評価される場から距離を置き
- 自分の内側と向き合い
- 自分で問いを立て、探究し続ける生活
これって、まさに
ラーナーセンタード(学習者中心)な環境そのものだったんじゃないかな。
「正解は先生が持っている」ではなく、
「答えは自分の体験の中にある」という世界。
だからこそ、感覚が研ぎ澄まされ、
集中が深まり、直感も働きやすくなった。
それが結果として、
“常人には不思議に見える力”として現れただけなのかもしれません。
■ 子どもたちがゾーンに入る瞬間と、すごく似ている
これ、サッカーの現場でも本当によく見るんです。
監督に怒られないかビクビクしながらプレーしている時よりも、
- 自分で考えていい
- 失敗しても否定されない
- 仲間と試行錯誤している
そんな時のほうが、
明らかにプレーの質も、集中力も、判断も上がる。
いわゆる「ゾーン」に入りやすい状態です。
つまり、
力が出るかどうかは、才能よりも
どんな“環境”と“関わり方”の中にいるかで大きく変わる
ということなんだと思います。
■ 教えすぎると、力は眠る
大人はつい、
- 教えてあげたくなる
- 正解を先に言いたくなる
- 失敗させたくなくなる
でもそれって、
本人の「感じる力」「気づく力」「試す力」を
そっと奪ってしまっていることも多いんですよね。
空海がもし、
「もっと効率よく修行しなさい」
「そのやり方は違う」
と常に指示される環境にいたら、
あそこまで深い境地には、
たどり着けなかったかもしれません。
■ 本来の力は、引き出すものじゃなく“目覚めるもの”
今朝、梅を見ながらふと思ったのは、
人は、整った環境に身を置くと
勝手に力を出し始める存在なんじゃないか
ということでした。
だから大人の役割は、
- 無理に引き上げることでもなく
- 無理に動かすことでもなく
力が出やすい状態を整えてあげること
なのかもしれません。
最近、こんなひらめきが、
朝の散歩中によく降りてくるようになりました。
年齢のせいかもしれませんし、
歩く時間が長いからかもしれませんし、
ありがたいことに、心に少し余白ができてきたからかもしれません。
でもこういう問いが浮かぶたびに、
「まだまだ探究は続くなあ」と、ちょっとワクワクしています。
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