最近、「オプティマスV3」という人型ロボットの話を耳にすることが増えてきました。
AIを搭載し、人と同じように動けるロボットが、工場だけでなく、
教育やスポーツの現場にも入ってくると言われています。
とはいえ、これは突然降ってくる未来の話ではありません。
すでに今も、
・動作解析
・戦術分析
・走行データの可視化
・練習メニューの最適化
こうしたことは、AIが担い始めています。
オプティマスは、その延長線上にある「身体を持ったAI」にすぎません。
つまり、
テクノロジーが指導を助ける時代は、
もう始まっているということです。
■ その時代に、指導者の差はどこで生まれるのか
AIが発達すればするほど、
・何を直せばいいか
・どの戦術が有効か
・どんな練習が効果的か
こうした“答え”は、誰でも手に入るようになります。
だからこそ、これから差がつくのは、
その情報を使って、
選手が成長できる状態をつくれているかどうか。
ここです。
ここで出てくるのが、「ラーナーズセンタード(Learner-Centered)」という考え方です。
■ ラーナーズセンタードって、結局何なのか
ラーナーズセンタードというと、
・主体性を育てる
・自律した選手を育てる
・考える力を伸ばす
そんな説明をよく聞きます。
でも現場で大事なのは、もっとシンプルなことだと思っています。
それは、
学習の主役を、指導者から選手に戻すこと。
つまり、
・課題を見つける
・試す
・失敗する
・振り返る
・次を考える
このサイクルを、
コーチが回してあげるのではなく、
選手自身が回せるようにしていく指導です。
決して「放任」ではありません。
学び方を一緒につくっていく、という感覚に近いと思います。
■ でも、チームはそんな簡単に変わらない
オプティマスやAIがチームに入っても、
すぐに選手が主体的になるわけではありません。
データはある。
改善点も見えている。
それでも、試合になると修正できない。
ベンチを見る。
誰かの指示を待つ。
ここで、多くの指導者はこう思います。
「結局、俺が言わないと動かないんだよな…」
そして、つい口を出してしまう。
■ 指導者の中にある“もう一つの不安”
ここで、あまり語られないけれど、とても大きな問題があります。
それは、
任せてうまくいかなかったら、
自分の評価が下がるかもしれない、という恐怖。
・結果が出なかったらどう思われるか
・上から何か言われるんじゃないか
・保護者から不満が出るんじゃないか
こうした不安は、どの指導者にもあります。
だから、
「育成のために任せよう」と思っても、
いざ負けが続くと、元の指示型に戻ってしまう。
これは意志の弱さではなく、
指導者もまた“評価される立場”にいるからです。
■ だから変化は、ほんの小さな一歩からしか始まらない
このチームでも、いきなり全部を任せたわけではありませんでした。
最初に変えたのは、試合中の判断ではなく、
練習後の振り返りでした。
「今日、一番うまくいってたのはどこ?」
「逆に、ちょっと噛み合ってなかったのは?」
答えを出すのはコーチではなく、選手。
正解かどうかより、
考えること自体を当たり前にする時間を増やしていきました。
■ 失敗しても、戻らないと決める
ある試合、選手たちの判断で戦い方を変えました。
結果は、正直うまくいきませんでした。
ベンチでは、コーチの中で葛藤が起きます。
「やっぱり俺が言った方が良かったのかな…」
でも、そこで戻らなかった。
試合後、こう問いかけました。
「今日の判断、どうだった?」
「次、同じ状況ならどうする?」
責めない。
でも、考えることから逃げさせない。
少しずつ、選手の言葉が増えていきました。
■ AIが本当に力を発揮し始める瞬間
この頃から、AIのデータの使われ方が変わってきました。
コーチが説明するための資料から、
選手が議論するための材料へ。
「この数字、俺たちの感覚と合ってるよね」
「じゃあ次は、ここを重点的にやろう」
AIが答えを出す存在ではなく、
学習を加速させる道具になっていきます。
■ ラーナーズセンタードは、指導者の覚悟が問われる
ラーナーズセンタードは、
・優しい指導でも
・楽な指導でもありません。
むしろ、
・すぐに口出ししない我慢
・結果が出なくても続ける忍耐
・評価が下がるかもしれない不安との付き合い方
こうした、指導者側のメンタルが強く問われます。
でも、そのプロセスを通って初めて、
チームが、自分たちで立て直せる力を持つ。
それが、AI時代に本当に強いチームの姿だと思っています。
■ 未来の話ではなく、今の育成の話
オプティマスの話は、
未来のテクノロジーの話のようでいて、
実は、
今、どんな関わり方をしているか
今、誰が学習の主役になっているか
を問い直す話なのだと思います。
ラーナーズセンタードは流行ではなく、
これからの時代を生き抜くための、
とても現実的な育成戦略なのかもしれません。
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